名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)1646号 判決 1992年6月24日
反訴原告
安善暎
反訴被告
澤明彦
ほか一名
主文
一 反訴被告らは、連帯して反訴原告に対し、金一一七万九二八八円及びこれに対する昭和六三年一二月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、反訴原告の負担とする。
四 この判決一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
反訴被告らは、連帯して反訴原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、反訴原告が左記一1の交通事故により傷害を負つたことを理由に反訴被告澤明彦に対しては民法七〇九条により、反訴被告シンコール株式会社に対しては自賠法三条によりそれぞれ損害賠償請求(後記三三六八万四三二五円の内金)をする事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(一) 日時 昭和六三年一二月一六日午後〇時ころ
(二) 車両 普通貨物自動車(名古屋四七そ七一五八)
(三) 右運転者 反訴被告澤
(四) 右保有者 反訴被告会社
(五) 右同乗者 反訴原告
(六) 態様 反訴被告澤が本件車両を運転し、交差点に差し掛かり左折したところ、一時停止の標識があり、元の進行方向に戻るため後退したが、その際後方に存していた電柱に本件車両後部を衝突させた。
2 責任原因
反訴被告澤は、本件車両を運転し、後退させる際、後方の安全を確認してこれをすべきであつたにもかかわらず、これに違反する過失により本件事故を発生させ、反訴被告会社は、本件車両を運行の用に供していたものである。
3 反訴原告の治療
反訴原告は、本件事故後以下のとおり入通院をして治療を受けた。
(一) 鈴木外科
昭和六三年一二月一七日(通院)
(二) 茶屋ケ坂病院
昭和六三年一二月一九日(通院)
昭和六三年一二月二〇日から平成二年二月五日まで(入院)
4 既払金
反訴原告は、本件事故につき、反訴被告会社の契約する保険会社から合計二五〇万円の支払を受けた。
二 争点
反訴原告は、本件事故のあつた場所は名古屋市千種区新西一―八―一二交差点北側付近路上であつたこと、反訴被告澤は右交差点において一時停止の標識を進入禁止の標識と見誤り、元の進行方向に戻るため急停止し急激に後退して本件事故を発生させたこと、その際反訴原告が、本件車両助手席に後頭部等をぶつけ傷害を負い、三三六八万四三二五円相当の損害を受けたことを主張し、反訴被告らはこれらを否認する(本件事故のあつた場所は名古屋市千種区新西一―一―二〇先路上であるとする。)。
第三争点に対する判断
一 本件傷害の態様
証拠(甲一、二、三の一、二、四ないし九、一三、乙一、四、五、七、証人松尾尚史、反訴原告本人)によると、以下の事実が認められる。
1 本件事故現場は名古屋市千種区新西一―一―二〇先路上であつた。
2 本件車両は前記のとおり普通貨物自動車(ニツサン・サニーバン)であるが、電柱に衝突した本件事故によりそのリアー・バンパ左部に曲損が生じ、バツク・ドア部にも凹損が生じた。
3 反訴原告は、本件車両助手席に同乗しており、事故後まもなく吐いたが、当日は医者には行かず自宅で静養をしていた。
4 反訴原告は昭和六三年一二月一七日鈴木外科において治療を受け、頚部、背部挫傷と診断され、その後同月一九日茶屋ケ坂病院に通院し、同月二〇日から同病院に入院した。
5 反訴原告の初診時の病名は外傷性頚部症候群で、その当初の症状は、右頚部から背部に疼痛、後頭神経領域の圧痛が認められたが、スパーリング・テストの結果は陽性とも陰性とも明確ではなく、レントゲン写真上もはつきりした所見はなく、神経学的検査においても異常所見はないというものであつた。
6 茶屋ケ坂病院の担当医は、反訴原告につき頚部以外については入院の必要性は認めなかつたが、頚部の治療につき二週間ないし三週間の入院による安静治療が必要であると考え、入院を指示した。
7 しかし反訴原告は、同年末から平成元年一月にかけ、外出、外泊をし、また飲酒したりするなど、入院当初から安静治療には努めておらず、また担当医と口論したり、後記国立名古屋病院脳外科の診察を受けたときも、同病院に通院して鍼治療をすることを勧められたにもかかわらずこれを拒否し、通院しないなどの態度を示していた。
8 茶屋ケ坂病院においての治療は、当初安静を保つ方針を採つた後、リハビリを中心とした可動域の拡大を図る治療をし、また初期においては鎮痛剤、筋弛緩剤、ビタミン剤等を投与したが、その後は湿布、消炎軟膏の投与などの治療をした。
9 しかし反訴原告の症状は、心因的、社会的要素による部分もあるものと考えられるもので、その治療効果は一進一退を繰り返し、そのため茶屋ケ坂病院の担当医の指示で、はちや整形外科においてMRIの検査を受け、名古屋大学医学部附属病院神経内科、国立名古屋病院脳外科の専門医の診察も受けたが、いずれも本件事故と結びつくような異常所見は認められないとするもので、結局反訴原告の自覚症状が主体であり、その障害につき理学的な証明はできないものであつた。
10 もつとも前記国立名古屋病院脳外科においては、反訴原告は、外傷性頭頚部症候群(バレリユ(Barr-Lieau)症候群)で、神経上の問題があると診察されたが、同病院の担当医は直接茶屋ケ坂病院の担当医に対し口頭で右症状についても本件事故と結びつくような異常所見は得られない旨伝えた。
11 そして反訴原告は、昭和六三年一二月二〇日から平成二年二月五日まで茶屋ケ坂病院に入院し(入院期間四一三日)、この間、遅くとも入院後三箇月ころまでには担当医は退院を勧めるようになつたが、反訴原告はこれに応じず、結局平成二年二月五日症状固定として後遺障害診断書が作成され、前記のとおり退院した。
12 反訴原告については、前記のとおり後遺障害診断書が作成されたが、自賠責保険の担当調査事務所は、右診断書に基づく後遺障害等級事前認定につき、「非該当」であるとし、反訴原告は特段右認定につき異議の手続はしていない。
そこで判断するに、反訴原告は前記のとおり外傷性頚部症候群の病名で、平成二年二月五日まで入通院加療を受けていたものであるが、その当初からレントゲン写真等において特段の異状は認められず、その入院期間中も必ずしも治療に専念する態度は見られず、特に安静を必要とする初期においても外出したり飲酒したりしてわざわざストレスにさらされるという行動をしており、またその症状は心因的、社会的要素による部分もあるものと考えられているものである。ところで証拠(甲一一)によると、頚椎むち打ち損傷につき入院治療を加えることは、受傷時意識消失があつたような重症例を除いては適当ではないこと、初期の安静期間は四週間程度までとされていること、患者の九割程度が六箇月以内の治療で終了していること等を内容とする学術報告があることが認められる。そしてこれによると、当初から入院をさせ、その期間が長期に及んだ本件治療には疑問がある面も認められることとなるが、他方特に当初の入院については、当該患者の家庭状況等を考慮した医師の適切な判断による面もあり、あながち右当初の入院を問題にすることも相当ではない。そこで前記の事情も考慮して、本件治療については、入院期間一箇月、その後の通院期間五箇月の治療をもつて本件事故と因果関係のある治療と解するのが相当である。
もつとも本件では反訴原告につき前記のとおりバレリユ症状が認められるものであるところ、証拠(甲一〇、一一)によると、一般に頚椎むち打ち損傷のうちバレリユ症状を中心とする自律神経障害等の長く続く患者についての治療期間は長期に及ぶ旨の学術報告がなされていることが認められる。しかしながら右診察をした専門医によれば、右症状についても本件事故との因果関係を肯定することはできないとするものであり、一般的に右症状がむち打ち損傷に特有のものとはいえないことに照らすと、右症状の存在をもつて直ちに本件事故と因果関係のある治療期間が前記を超えるものであると解することはできないものである。
二 損害額
1 治療費(請求額七三五万八二二〇円) 一〇三万七五四八円
証拠(乙五)によると、前記のとおり反訴原告の茶屋ケ坂病院の診療実日数は四一四日(入院四一三日、通院一日)であるところ、うち入院料は五九六万九一二〇円で、これを除く総治療費、診断書料等は一三八万九一〇〇円である。そこで入院料三〇日分、その余の治療費一八〇日分を算出すると頭書金額となる。(なお鈴木外科の治療費についてはその主張立証がない。)
5,969,120÷413×30+1,389,100÷414×180=1,037,548
2 休業損害(請求額一三八〇万円) 一四〇万円
証拠(乙六、反訴原告本人)によると反訴原告は、昭和六三年当時、スナツク等のホステスのアルバイトをした後、同年三月から六月ころまで及び同年七月以降それぞれスナツクを自営していたこと、昭和六三年の所得金額として税務署に申告してある金額は四六〇万一八六二円であることが認められる。これによれば、反訴原告の一箇月当たり実所得はほぼ四〇万円であるとすることができる。
4,601,862÷12=383,488
もつとも反訴原告は、前記税務署への申告は昭和六三年七月以降のスナツク経営に係るもののみであること等同年の所得金額がもつと多かつた旨を述べるが、直ちには採用できない。
ところで前記のとおり本件事故に基づく反訴原告の治療については、事故後一箇月の入院とその後の五箇月の通院治療が相当であると考えられるところ、右入院期間については、その全額、通院期間についてはその二分の一の休業損害があつたものと解するのが相当であり、これによると頭書金額となる。
400,000×(1+5÷2)=1,400,000
3 家賃支払等(請求額二一二万六一〇五円) 一四万一七四〇円
証拠(乙八、反訴原告本人、弁論の全趣旨)によると反訴原告は、前記スナツク営業のためビルの一室を借りていたこと、賃料は一箇月一二万五〇〇〇円で、電気代等の公共料金は昭和六三年一二月から平成二年二月まで二五万一一〇五円を支払つたことが認められる。そして前記のとおり相当入院期間が一箇月であることに照らすと、少なくとも右期間相当額は、本件事故と因果関係のある損害と解することができる。
125,000+251,105÷15=141,740
4 慰謝料(請求額一〇〇〇万円) 一〇〇万円
本件傷害の部位、程度、前記治療の経緯、期間等に照らし、なおまた後遺症は認定できないものの、現実に痛みを訴えていることも考慮するならば右金額をもつて相当とする。
三 弁護士費用(請求額四〇万円) 一〇万円
本件につき反訴原告はその解決を反訴原告訴訟代理人に委任したところ、右弁護士費用は、本件事案の態様、認容額等に照らすと頭書金額をもつて相当とする。
四 結論
以上によれば、反訴被告らは連帯して反訴原告に対し、既払金(二五〇万円)のほか損害金一一七万九二八八円及びこれに対する遅延損害金の支払義務を負うものである。
(裁判官 北澤章功)